毒性学のダイナミズムを追う. "古典的毒性学からTox21へ" レビューを読んだのでメモ
<どんな論文?>
毒性学分野でどのような問いを研究者が重要視し, 実際にどのような研究が行われてきたかをまとめたレビュー.
現代毒性学のキーである, Adverse Outcome Pathway の概念へ至るまでの研究の歴史・変遷がレビューされている.
https://academic.oup.com/toxsci/article/161/1/5/4102075
<ポイント要約>
研究のダイナミズム
①化学毒性の標的器官の特定・細胞組織におけるより詳細な毒性標的の特定
・20世紀の毒性研究の対象は主に肝臓であった. なぜかってそれは分からない. 今おなじみの肝毒性評価のための血清中肝臓酵素の定量, 腎毒性評価のための尿中クレアチニンクリアランスの定量などはこのころから存在する毒性評価法であった.
・1940年ごろは細胞膜とミトコンドリアの機能が毒性に重要だと言われた。
・1950年第には3R(Replace, Reduce, Refine)により動物実験をなるべく使わないような風潮となった. これを建機にin vitro系の研究に火が付く.
・1960年代にシトクロムP450研究の進歩した.(Estabrook R. (2003). A passion for P450s (remembrances of the early history of research on cytochrome P450). Drug Metab. Disp. 31, 1461–1473.)
・1970年ごろになるとAmes試験が編み出された. 変異原性物質のスクリーニングにおける協力なツールとなった.
・1970年代にAhRが発見された. これが毒物学と癌研究における大きなブレイクスルーとった.
・liver spheroidsはin vitro評価系の中では優良な評価系のよう.
ここら辺から分子生物学的な方法論で毒性学を解釈するパラダイムになってくる.
②Toxicogenomicsの幕開け
・分子生物学的な枠組みで毒性学を研究するにあたり重要となる記述が3つ挙げられる.
(i)適切なクローニングベクター(ex. pBR322)の開発, (ii)DNAシーケンシング技術(サンガーのデオキシ法, ギルバートの化学的切断技術), (iii)ブロッティング技術
・これらの技術によって研究が進んだ分野は(i)メタロチオネイン(MT)の遺伝子調節, (ii)シトクロムP450の遺伝子調節 (iii)II相反応におけるウリジン5'-ジホスホ-グルクロノシルトランスフェラーゼのクローニング (iv)細胞抗酸化システムに関与するヘムオキシゲナーゼ, スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)のクローニングと特性評価
③より高度な遺伝子発現技術の参入
・キーとなる記述は, マイクロアレイ, SAGE
マイクロアレイの開発により, 毒物学は、大規模な遺伝子発現プロファイリングデータを生成することが可能となった. トランスクリプトーム(特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNA(ないしは一次転写産物、 transcripts)の総体を指す呼称)解析というワードが注目されるようになったのだ. これにより, 特定の遺伝子のみならず, 発現物総体に着目した新たな研究概念が創出されたのだ.
④ADMETの概念が体系化されていく
・これらの薬物動態的要因は毒性に関連している(代謝変換や暴露量の調節がこれによってなされるため).
・毒性学分野でよく研究の対象となっているものは, トランスポーター調節(p糖タンパク関連のMDRに関する研究, 及びOAT)
⑤リガンド依存性転写因子グループの発見により, 生体異物の輸送及び代謝を調節する一般的分子機構が存在することが明らかとなった
核内受容体スーパーファミリーに関する知見
グルココルチコイド受容体や甲状腺ホルモン受容体, エストロゲン受容体, アンドロゲン受容体などは,内分泌かく乱物質の標的となることが分かった.
典型的な核内受容体による転写調節機構は以下の通り.
ここではレチノイドX受容体α(RXRα)が重要な役割を果たしており, リガンド(L)と核内受容体(NR: Nuclear Receptor)のヘテロ二量体であるNR-L複合体がリプレッサーであるCoRを外して転写が促進される.
この後, 同様の機構で転写調節されるがリガンドが不明である様々なオーファン受容体が発見される. 代表的なものは, LXR, PPARα, FXR, CAR, PXR.
PASドメインファミリーに関する知見
AhRは核内受容体スーパーファミリーとは異なる遺伝子型であり区別されている.
RXRとヘテロ二量体化する核内受容体とは異なり, AhRの二量体化パートナーはアリール炭化水素受容体核トランスロケーター(ARNT)だ. ARNTとAhRの両方のcDNAは, 1990年代初期にクローン化された. その後AhR研究が進展し, ダイオキシン(TCDD)などの人工化学物質がこれらのリガンドとなることが特定された.
AhRノックアウトマウスを使用した研究では, AhRが免疫系の発達に重要な役割を果たすことが示されている. (Tian J. , Feng Y., Fu H., Xie H. Q., Jiang J. X., Zhao B. (2015). The aryl hydrocarbon receptor: A key bridging molecule of external and internal chemical signals. Environ. Sci. Technol. 49, 9518–9531.)
核内受容体によるADMET調節
AhRはCYPの転写調節にも関与している重要な因子だ. AhRのリガンドによってCYP1A/2の発現が促進されることは有名だ.
また, フェノバルビタールはCARを活性化しCYP2B1を誘導する. デキサメタゾンはPXRのリガンドでありCYP3A1/2を誘導, フィブラートはPPARαを活性化し CYP4A1/2を誘導する. このように, 医薬品自体も生体に備わる外因性物質の異化作用に影響を及ぼすぞ.
やはり, 肝臓に備わる異化調節機能を研究することは毒性学において重要なファクターといえよう.
⑥データの過剰と計算科学の発展によって計算毒性学(Computational Toxicology)の枠組みが創出
Deep Learningの開発, 様々な機械学習法の開発により現代は新たな計算科学によるデータドリブンアプローチへと変遷しているぞ. 僕の研究分野はここだ.
⑦アウトカムから毒性経路を考える. Adverse Outcome Pathwayの概念的枠組み
分子生物学的機序は毒性学の観点から非常に重要だ. しかし, 毒性という表現型は本来あいまいであり特定のターゲットタンパクへの親和性のみによって説明できるような概念ではない.
そこで有害転帰経路(Adverse Outcome Pathways)の概念が導入された.
機序は生物学的に不可欠な経路だが, AOPの枠組みでは, 分子開始イベント(MIE)によってトリガーされる一連の定量化可能なキーイベント(KE)によってAOを説明している.
<議論はある?>
Pros.
毒性の研究対象がトランスクリプトーム解析のようにグローバルな事象を対象にしてた流れを考えるとAOPのようなマクロ的解釈は現代的.
結果何が重要なの? に直接答えうるフレームワークであり, 洗練されている.
Cons.
定量可能な事象をKEとするとあるが, AOに対するKEの重要性は定量的に議論できないことが難点. あるAOについて研究者が最も重要視すべきKEが分かるようなフレームワークではない.
基本的に既存の知見を結びつけるようなフレームワークであり, 新たな経路を見つけに行くような概念枠組みではない.従って AOPが流行っているからと言って古典毒性学的アプローチが不要ということにはならない.
<次に読むべき論文は?>
AOPに関する概念枠組みもう少し詳しく見てみたい.
Adverse outcome pathways: A conceptual framework to support ecotoxicology research and risk assessment
次に探すべき論文は?
Ames試験に関するレビュー
AhRに関するレビュー
核内受容体スーパーファミリーに関するレビュー